日本の1/2革命
池上彰・佐藤賢一 著
フランス革命は身分の廃止するなど国家の近代化を進めたが、王政を廃止して、共和制の樹立まで一気に突き進んだ。
これをフルサイズの革命だとすると明治維新、GHQ革命など日本の革命は相対的に半分といえる。
日本の体制は建前は自由な資本主義であるが、戦前から統制経済的なところがあり、あまりに激しい自由競争はやめましょうと規制してきた。
結果的に国家社会主義的に機能することになり、世界的にみると意外と社会民主主義的だったりする。
社会主義の理想は、みんなが平等で、みんなが働くことに意欲を持っているような豊かな社会をつくること。
この点では日本は見事に機能した。
1990年代以降、ソ連、東欧等の社会主義の国々は次々に崩壊したが、日本は成功していたがゆえに簡単には崩壊しなかった。
世界の社会主義諸国より10年以上に遅れて行き詰った。
これに対するアンチテーゼとして、小泉首相が出した今度こそ規則を緩和して本物の資本主義にしようという構造改革であった。
どんな政権でも、政権の末期は言葉がなくなる。
自分たちは何をやりたいかとか、何を目指すのかとかそういうことを表現する力がなくなる。
これに対して、新しく政権を取ろうとする側は多くの言葉を持っていて、雄弁にアピールする。
新しく政権を取る側は、実績がゼロだから言葉でいうしかないともいえる。
歴史気候学
気候の変化とか天変地異などにより歴史が動く。
フランス革命を引き起こした直接的な引き金は火山の噴火による1788年の凶作で、民衆は食べるものがまったくなくなりパンをよこせという大暴動が起こった。
アメリカの押しつけ型民主主義は、日本では上手くいったが、イラクやアフガニスタンでは失敗した。
日本では大正時代に「大正デモクラシー」があって日本人は民主主義の経験をかなり積んでいた。
イラク、アフガニスタンは部族社会で、それぞれの地域にまずそれぞれの長がいて、それらの上に国王がいてバランスを取りながら乗っかっているような状態である。
マスメディアは社会の混乱とポピュリズム(大家政治)に乗じて発展していく。
日本の新聞が発展したのは、日中戦争がきっかけである。
満州事変のころまでは大陸での日本の軍事行動を戒める論調だったが、いざ日中戦争が始まって報道を始めたら、爆発的に売れはじめた。
勝った、また勝ったと書きはじめたら売れる。
メディアも政治家もそういう報道に押されて一直線に激しい方に進んでいった。
今までの日本の伝統をみると、待ちのパターンがほとんどである。
自発的に行動を起こすことがなく、なんらかの脅威がやってきたために、いやおうなく動かされたとか、しかたなく重い腰を上げたとか、という形である。
明治維新は黒船が来たから起こり、GHQ革命は占領軍が来たから起こった。
今の日本人は、人権というのは生まれながらにして備わっているものと思っている。
権利を得るためには、それに対する義務もあるし、対価を支払わなければならないという気持ちが薄い。
そこが政治への参加意欲が低い理由でもある。
過去の歴史をみることによって、未来への大きなライトにはならないまでも、暗闇の未来を照らす懐中電灯くらいにはなる。
今、中国政府はなぜこんな要求をしてくるのかと思うとき、その答えは歴史を遡った過去の中にある。
現在の問題は過去に繋がっていて、過去の問題は現代に繋がっている。

